パーマカルチャー講座@武蔵野大学有明キャンパス
パーマカルチャー講座@武蔵野大学有明キャンパス
通信制 一ツ葉高校 千葉キャンパスの西村です。
2月19日(月)、武蔵野大学工学部サスティナブル学科1年生の学生さんによるパーマカルチャー講座に千葉キャンパス生徒4人と参加し、同大学の屋上ガーデンを見学してきました。
多くの人が「パーマカルチャー」という言葉を初めて聞いたかと思います。この講座について屋上ガーデンの見学の様子を含め、2年生のKさんがレポートを書いてくれました。
パーマカルチャー講座は新年度も月一回程度、開講されますので、もし興味がある生徒さんがいたら、西村をはじめ教員にお声がけください。
まずはパーマカルチャーとは何か、屋上ガーデンについてぜひKさんのレポートをお読みください!お土産にいただいた無農薬レモンを、Kさんはパーマカルチャーの考えを取り入れて料理してくれました!!
パーマカルチャー 2月19日
2月19日に武蔵野大学の有明キャンパスで、パーマカルチャーについてお話をうかがった。
パーマカルチャーというのは、パーマネント(永続性)、アグリカルチャー(農業)、カルチャー(文化)の3つの言葉からなる造語である。
パーマカルチャーには大事な考え方が3つあり、一つ一つ詳しく書いていく。
①人を大切にすること
SNSの普及で承認欲求や劣等感などの単語がよく見られるようになり、人々はそれを地位財で埋めようとする。しかしそれは大量生産・消費・廃棄に繋がってしまう。だから、人を大切にするのだそう。
②地球を大切にすること
そんなの言わなくてもわかる、と思うかもしれないが、少し違うのだ。例えば、この「地球」には飢餓で苦しむ人たちなどを含む。何が違うかというと、環境だけでなく、世界中の人や生物を含む点で異なっているのだ。
③豊かさを分かち合う
この項目において豊かさというのは、モノだけでなく、知識や考えなども含む。これは農作物の例で考えるとわかりやすい。今年は人参が多く収穫できた、つまり余ったから、その分を近所の人にあげる。近所の人は大根が多く収穫できたから、こちらは大根をもらった。その繰り返しで、循環→永続性が生まれるのだそう。
次は、実際に屋上に行って聞いた話と合わせていく。
屋上へ続く階段を上れば、すぐそこに屋上ガーデンがあった。敢えて周りのビルも一緒に写して、“異空間さ”を共有してみた。
昼間のうちに石を日光で温めておくことで、夜に気温が下がっても、石の温度で土の温度差を小さくしている。
パーマカルチャーでは、東京都の天気、千葉県の天気を大事にするのはもちろん、小さな天気も大事にするそう。その例がこれだ。
これは屋上ガーデンに、勝手に、自然に生えてきた木だそう。先生によると鳥が種を運んできて生え、そしてまたこの木の周辺には、新しく木が生えてきているらしい。
この丸いものは素焼きの陶器で、電気なしで働く自動水やり器だ。素焼きの陶器は、人間には見えないほどの小さな穴をたくさんもっている。水を入れておけば、土が乾いたときに水を出してくれる。
これは養蜂箱で、屋上ガーデンの端の方に置かれている。端に置かれている理由は後ほど。
この養蜂箱の南側には、蜜蜂が蜜を作れる植物が何種類も植えられていて、季節によってどこかの植物の花が咲いているようにしているそう。どの季節でも、蜜蜂が蜜を吸えるように。
写真は撮らなかったが、あともう一つ書くべきなのはコンポストのことだろう。コンポストとは、落ち葉や生ごみなどの有機物を微生物の力で発酵・分解し、堆肥にしたもの。発酵が行われているので、コンポストはいつも高い温度を保っている。わたしが見たときは50℃ほどだった。
武蔵野大学にはロハスカフェARIAKEというカフェがあるのだが、そこで出た生ごみをコンポストに、そして屋上ガーデンでとれた野菜などをカフェに、というようにここでも小さな循環ができていた。
これは研究室?でもらったレモン。無農薬のレモン。何に使おうかとても迷う。せっかくだから皮もいい感じに使いたい。
皮も余すところなく使い、大根と和えてみた。
従来のサステナブルみたいなものと、パーマカルチャーは何が違うのか。大きな違いは人の有無だと思う。従来のものは、自然は自然のままがいい、と自然が独立していたように思う。
しかしパーマカルチャーでは自然と人が手を繋ぎ、共生していると感じた。
例としては、屋上ガーデンの中でも水やりのホースが届きにくく、“人が”水やりしにくい場所には乾燥に強い植物を植えること。あとは養蜂箱の設置場所を、虫が苦手な“人が”いるから、入り口から遠くにすること、など。
一見これは人間が中心となった考えに見えるかもしれないが、わたしはそうは思わない。むしろWin-Winだと思う。
1つ目の例においては、乾燥に強い植物→あまり水を必要としない植物→水が多すぎると困る植物と繋げていくと、植物のニーズと人間のニーズと合っていることがわかる。
また2つ目の例においても、虫を怖がる人がいる一方(わたしです 笑)、虫だって人間を怖がる。人間がいるせいで蜜がとれない、なんてことを防げるのだ。