「成績上昇中」
通信制 一ツ葉高校 千葉キャンパスの宮本です。
みなさん、こんにちは。今日は、私が担当している進学コースの現代文授業に関するお話です。
つい先週末にも校内模試が行われましたが、自己採点を見る限りみんな成績が上昇していました。頑張ったねえ。
度々「どんな授業をしてらっしゃるのですか?」と質問されるのですが、ん~なんとも難しい質問だなあといつも困ります。むしろ、ブログをご覧頂いている皆さんの方が、よく御存じなのではないかと思うほどです。
いわゆる講義形式ではなく、ゼミ形式で授業を進めています。で、練習問題を解いて正解数やら正答率をチェックしてとか、そういうこともしていません。
人数が少ないので殆どすべての問題に対して全員の意見を開示してもらえます。その時も、自分は誰の意見のどの点が同じなり似ているが、どの点が違うのか(違う論拠を採用したのか、同じ論拠だが解釈が違うのか)も、しっかりと開示してもらいます。
正解しても間違っても、自分なりに「論理的」に考えようとしている痕跡があれば、その点を持って大いに評価しています。
逆に、たとえ正解であったとしても「勘」や「なんとなく」という理由で正解した、或いは好成績を収めた場合にはばっさり切り捨てます。
国語は、言語であり、言語は思考そのものです。
つまり、思考力を育てずして国語力が育つ(国語の成績が伸びる)訳がないのです。「語彙力」と「テクニック」に依拠する似非国語に毒されてしまっては、生徒の素晴らしく柔軟な脳味噌を潰してしまうことに他なりません。
ですから、毎回毎回、生徒達にとっては非常に緊張する真剣勝負の連続だと思います。
鬼検事が論理の瑕疵を見逃さず、これでもかと指摘と質問を繰り出してきます。ボーっとしていたら大変です。
「君さ、彼がいま何故突っ込まれているか分析できてる?当の本人は余裕がないだろうから、君が解説して彼の思考を手助けしてあげて。」
他人事では済まないのです。
自分のものはもとより他者の展開する論理にも常に検証と分析を加え、即時に指摘や質問に反応できるよう備える。否、友人の論理の矛盾点や瑕疵に気付き、鬼検事からの突っ込み前に友人を助けられる位にはなっていて欲しいと願っています。
今春卒業したN君も、当初はインスピレーションの申し子でした。
しかし、毎回毎回私の授業から逃げ出さずに出席してくれ、「論拠は?」「論理構成は?」「語句の当該文章における定義化は?」などなどの猛攻に耐え抜き、某大隈先生の大学を受験した際には、現代文において一問しか間違わなかったという好成績を残してくれました。
形のない授業ですが、常に生徒の思考の奥深くまで突っ込み、働きかけ、しっちゃかめっちゃかにして鍛えております。今日もまた、生徒達と言語と思考を楽しみましたとさ。
通信制 一ツ葉高校 千葉キャンパス 宮本