思い出を未来へ
通信制 一ツ葉高校 代々木キャンパスです。
「NEW」
先週末にキャンパスレイアウト変更したところ
2日空けて今朝来たらあれ?なんか違う?
自分で変更したのに変わり過ぎてビックリ。
そんくらい変わっていますよ~お楽しみに!
そんなわけでこんにちは、梶田です。
本日、ロッカーの荷物を片付けに来たAちゃん。
3年間過ごした一ツ葉が名残惜しいのか?笑
あと5年くらい通いたいと言ってくれました。
高校8年生?!また遊びにきてね☆
今週来週はお片付け登校がピークかな??
新しい環境・生活に備えて高校生活を整理!
一ツ葉を思い出したらいつでもwelcome(^^)
「覚悟のススメ」
初めての方は初めまして。2度目以降の方は
本日もよろしくお願いします、福田葵です。
終わりよければすべて良しという言葉があります。
物事は最終の結末が最も大事であり、途中の
過程は問題にならないということを意味する
言葉で、シェイクスピアによる戯曲
『All’s Well That Ends Well』としても有名。
私は、これはすべてのことに言えて、
すべてのことに言えないと思っています。
例えばある子が漢検準一級を受けるために
毎日二時間勉強を三ヶ月続けたとします。
結果は『不合格』でしたと。
そのとき、不合格という事実だけを見て、
毎日二時間勉強したという過程は・・・
意味をなさなくなるのでしょうか。
漢検合格のために三ヶ月続けてきたこの努力は
パアになるのでしょうか。
ここは意見の分かれるところだと思いますが、
私はそうは思いません。
納得のいく結果ではなかったかもしれませんが、
例の子は三ヶ月間休むことなく、勉強に励んだ
ともいえませんか。
私は一つのことをコツコツと続けることも
才能の一種だと考えていて、このことは結果を
見ただけでは測れないと思っています。
より身近な例でいえばソシャゲのログインも
同様で、一つのゲームに、何日も連続で
ログインするというのも継続力がある!
といえるでしょう。
あえて強い言い方をすれば
「合格できなきゃ無意味」と言う結果主義の
人も何人かいるかもしれませんが、
それももちろん当然かと思います。
ただ、結果を見て悲観的になりすぎないで
ほしいと。そう思っています。
例で上げた架空の漢検受験者さんの努力は
みんな知っているはずですから。
つまり私が言いたいことは
要するに気のもちようだよということです。
みんな覚悟のススメ読もう!!(未読)
現場猫の原典だゾ
「何だか知らんがとにかくよし!」
母艦がぼっかーん
通信制 一ツ葉高校 代々木キャンパス